中国から伝わった占い術
古代中国の占い、式占。
これは、日本には6世紀末の欽明朝か7世紀初頭の推古朝に百済より伝えられたとみられています。
推古朝には百済僧観勒が天文・遁甲の書を伝えています。
その後律令制度の導入とともに、縣務省被管の陰陽寮の一部局の管轄とされました。
雷公式占は伝わらなかったのではないかと思われますが・・・
三式は、六朝期から階唐代の実情を反映して易篁などより重視されました。
しかし、陰陽寮の一部局から発展した陰陽道では、遁甲式占は、その知識はあったようですが、実用された形跡はなく、太一式占は、ある特定の場面でしか実用されなかったようですね。
10世紀後半ごろ以降の陰陽道では、もっぱら六壬式占が実用され、中国歴朝の法とも異なる陰陽道独特の法を発達させました。
ところが、この陰陽道の六壬式占の伝統も、16世紀末の豊臣秀吉の関自秀次追放事件に連座した陰陽道の中絶の間に、断絶してしまったのです。